最高裁判所第二小法廷 平成11年(受)555号 決定 1999年10月08日
申立人(被告 控訴人)
福王企業株式会社
右代表者代表取締役
三宅伴明
右訴訟代理人弁護士
伊藤好之
相手方(原告 被控訴人)
野口株式会社
右代表者代表取締役
野口宗宏
右訴訟代理人弁護士
猪子恭秀
主文
本件を上告審として受理しない。
申立費用は申立人の負担とする。
(裁判長裁判官 福田博 裁判官 河合伸一 北川弘治 亀山継夫 梶谷玄)
申立代理人伊藤好之の上告受理申立て理由
原判決は、「バブル経済崩壊による預託金返還請求の増加、ひいてはそれによる控訴人の財務内容の悪化の懸念という事情は、天災地変に準じる予見し難い重大な事情ということはできないので、会則第一二条の定める、やむを得ない事由に該当しない」、という理由をあげて控訴を棄却したが、この認定判断は、以下に述べるとおり本件契約の趣旨の解釈を誤ったものであって、是認できず、この違法は原判決の結論に影響することが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。
一 第一に、原判決は、「やむを得ない事由とは、天災地変に準じる予見し難い重大な事由をいう大前提とし、その理由としては、預託金返還請求権が会員の契約上基本的な権利で、契約をした会員は、少なくない金額が期間中無利息で凍結されていることからも通常据置期間満了後は直ちに預託金の返還を受け得る権利を有すると期待しており、このような期間を一方的に延長させる結果に結びつく例外的な事由であるからと述べている。
一般論として、据置期間を一方的に延長させる結果に結びつく例外的な事由であり、厳格に解されるべきであるという点では首肯できるとしても、それであるから直ちに天災地変に準じる予見し難い重大な事由に限られるものであるという結論には飛躍がある。
預託金返還請求権は、施設利用を主目的とした包括的契約内容の一部であり、それは施設利用をやめ、退会した時に行使される権利である。会員権を取得する目的が、健全な娯楽、スポーツとしてのゴルフ場を会員として利用するということの性質や、一般に経済的余裕があってこのような会員権を取得していること等から、据置期間一〇年間といっても、その期間中は勿論、それを経過しても通常は引続き施設を利用していくものであり、無利息で預託金が凍結となっていることや、一〇年後に返還請求をすること等は大多数の会員の頭の中で大きな位置を占めていることではない。
生活のために必ず必要といえない贅沢な娯楽、スポーツと言ってもよいゴルフの会員権を取得するに際し、一〇年間無利息で凍結されることが苦であったり、一〇年後には退会し返還を受けることを予定した会員は多くなかった筈である。
もっとも、何らかの事情で退会をする場合には、据置期間の一〇年後には返還を受けられるものと期待することは当然であり、原判決の述べるとおりであるが、これも、特段の事情がなければ一〇年後に返還が受けられるという期待をするのが当然、というべきで、無限定にどんな場合にも返還を受けられると期待したものではない。
契約をする会員は、自分と同じ立場の契約者が各々に預託金を提供してゴルフ場が作られ、運営されていくこと、一〇年後には何らかの事情で退会を選択し返還請求をする会員もある程度の範囲で発生し、それに対して返還が受けられると認識してきたものである。逆に言うと、多数の会員が先を争って退会し預託金の返還請求をする事態は考えもつかないことであった。
そのような事態は極めて異常なことで、それはゴルフ場が倒産してゴルフ場の利用ができなくなり、預託金の返還も満足に受けることができなくなることを意味することであるから、そのような場合にまで当初の期間のとおりに預託金の返還が受けられるとは誰も思っていなかったのである。
そもそも、このような異常な事態が予想されるなら誰一人として入会契約をしていなかったと言える反面、万一、現実に発生した場合には、それは天災地変その他クラブ運営上やむを得ない事由に当然該当するものとして、理事会の決議により延長されることを承認し、会員権の維持が計られるものと考えるのが各会員の合理的な意思であったと言えよう。
以上のように、原判決は、預託金が期間中無利息で凍結されていることを必要以上に重大視したり、会員が一〇年後には退会して預託金返還請求をするのが普通で、また、それが直ちに実現されるのが当然と考えているかのように述べ、これらを根拠に「クラブ運営上やむを得ない事由」を「天災地変に準じる予見し難い事由」を言うものと導き出しているが、その論拠とするところは大多数の会員の一般の意識とは異なり、首肯できるものではないし、結論との必然性も認められない。
二 第二に、原判決は前記第一項のことを前提とし、申立人の主張している、バブル経済崩壊による預託金返還請求の増加、ひいてはそれによる申立人の財務内容悪化という事情は、「天災地変に準じる予見し難い重大な事情」ということはできないので、「クラブ運営上やむを得ない事由」に該当しない、という。
1 この結論は誤りであると言わざるを得ないが、誤りは原判決が前記第一項で述べた「クラブ運営上やむを得ない事由」を、「天災地変に準じる予見し難い重大な事由」をいう、と前提にしたことに根ざしていると思われる。つまり、本来の要件である前者の意義を端的に考えるべきを後者に置き換え、天災地変に準じるか、や、予見し難い重大な事由に該当するかどうかという問題に帰結させたことが迂遠であるとともに、置き換えが正確といえず、却って事の本質を見誤ったものといわざるを得ない。
2 次に、原判決は、日本の経済状態が悪化する可能性があることやバブル経済が崩壊することを予見し難かったとは認められないので、「天災地変に準じる予見し難い重大な事情」ということはできず、「クラブ運営上やむを得ない事由」に該当しないと述べる。
ここでは、事態の予見可能性ということが問題とされ、予見ができないわけではないという点から、前記結論が導かれている。
資本主義経済社会では好不況等の経済変動が常に存在し、バブル経済はいずれ必ず崩壊する、ということは正しいにしても、その時期や不況の規模、経済社会の各方面に与える影響を予測することは困難で、今回の平成大不況は會ってないほど大規模で長く低迷し、国中に深刻な影響を与えたものである。
ゴルフ会員権には、ノンバンクだけでなく経済予測に長けた大手の銀行でさえこれを担保の対象として競って会員に融資を行なってきて、今になって大きな傷手を受けていることは公知の事実であるが、これも未曾有というべき経済情勢の変動によりこれほどまでに会員権価格が減少することを予測することが困難であったことを証明するものである。
このことは、ゴルフ場経営者や各会員にとっても全く同じである。
翻って、よく言われる「天災地変その他」とは一体どのようなことを意味するのであろうか。
天災地変もクラブ運営上やむを得ない事由に関係することであるから、自然災害が結局クラブ運営に悪影響をもたらし、理事会決議で据置期間を延長することが許容される程度のものであることが必要であり、またそれで十分である。
ゴルフ場にもたらす地震、雷、風水害、干ばつ等による自然災害、それによる施設の損傷、復旧費の増大、経営悪化等が考えられるが、このような天災地変は、日本では地震国であり、台風や長雨は必ず到来するなど、ある意味では予見し得ることである。もし、予見し得るかどうかということだけを重要視するなら、天災地変でもそれは可能であり、原判決の論理からすると、その結果深刻な結果が生じたとしても、クラブ運営上やむを得ない事由に該当しないということになるのでないだろうか。
天災地変は常に起こり得ることであり、その意味では予見が必ずしも困難とは言えないが、その結果クラブ運営上やむを得ない事由」に至った時は会則の当該条項に該当するになると解すべきで、本件の経済事情の激変と不況の長期低迷、会員権価格の異常低下、返還請求の異常増加、倒産の危険ということも全く予見できないわけではないにせよ、困難であり、またこれを避けようとしても避けられなかったのであるから、天災地変その他と同様にクラブ運営上やむを得ない事由に該当すると考えなければならない。
以上のように、原判決のように「その他クラブ運営上やむを得ない事由」とは、「天災地変に準じる予見し難い重大な事情」を言うものと解してみても、本件のような事例ではこれに該当すると言うべきである。
原判決は、天災地変というものを全く予見できないもの、必要以上に過大なもの、滅多に起こり得ないもののように捉え、それを基準に本件のような異常な現象を過小に評価したものと言わざるを得ない。
起こることの予見可能性、困難性という事情からも、又その自然現象や経済現象が「クラブ運営上やむを得ない事由」という事柄にもたらす影響力という点からも、本件のような異常な現象は、「クラブ運営上やむを得ない事由」の最たるもので、天災地変に十分比肩し得るものである。
本件条項にいう「クラブ運営上やむを得ない事由」とは、<1>据置期間を延長しないとクラブ運営上重大な支障がある時で、客観的に見ても他に適切な代替手段がなく理事会の決議だけで行なうことが許容されるような事情であること、の二つの要件が必要で、かつそれで十分であり、「天災地変」は、右<1><2>の要件を充足する典型例にすぎず、これに匹敵するような現象だけに限定されるものではない。然るに、原判決は天災地変に匹敵するような事象だけに限定しようとした誤りがあるだけでなく、本件での現象が「クラブ運営上やむを得ない事由」との関係で天災地変と勝るとも劣らない重大な事情であるのに、その評価を誤ったものといわなければならない。
原審においても述べたところであるが、これらの点に関し左記のとおり東京地裁の二つの判決例があり、また、この他に名古屋地裁でも参考となる判決が最近出された。
<1> 東京地裁民事第一八部平成一〇年五月二八日(乙第五号証)
・右のようなバブル経済の崩壊は、原被告にとって予想外であった。
・被告による本件預託金の返還期限の延長は、バブル経済の崩壊という、一般人の予見外の、かつ被告の責めに帰すべきでない未曾有の経済の混迷の中において、本件クラブの経営を継続し、会員のプレー権を保護・存続させるためにやむを得ず採られた措置というべきであり、本件クラブの旧会則九条の「預託金の据置期間は、天災地変その他やむを得ない事態が発生した場合は、理事会の承認を得てこれを延長する」という要件に合致しているというべきである。
<2> 東京地裁民事第六部平成一〇年九月二四日(乙第二四号証)
「クラブ運営上やむを得ない事由」とある規定の文言からは、当然に経済状況の変動等の場合を一切排除する趣旨と解することはできず、むしろ右文言の解釈としては、契約締結時において容易に予見し難かった著しい経済状況の変動により一時的に被告における預託金返還資金の調達に困難を生じた場合等も含まれるものと解する方が自然である。
<3> 名古屋地裁民事第四部平成一一年三月二六日判決
確かに本件預託金はもともと本件クラブ会員権と結びついており、会員がゴルフ場でプレーすることを本来の目的とし、右目的達成のためにはゴルフ場の存続を当然の前提とするから、預託金返還請求に対し一定の制限が加えられることが全く認められない訳ではない。したがって、原告主張のように本件条項に該当する場合を天災地変に比肩しうる特別の場合にまで縮小して考えることは妥当でない。…中略…
そうすると、「クラブ運営上やむを得ない事由」とは、据置期間の延長の他にとりうる手段がなく、据置期間を延長することにより被告の事業を継続でき、延長期間内に預託金の償還問題について、被告において何らかの目途を立てられる蓋然性があるというような、真に被告の経営や本件クラブ会員の利益のために必要な事由に限るべきであって、なおかつ、実質的に会員の預託金返還請求権を剥奪するような長期にわたるものでないという限度において有効と解するのが相当である。
3 次に、原判決は、理由の前段においては、「バブル経済崩壊による預託金返還請求権の増加、ひいてはそれによる控訴人の財務内容の悪化という事情は、天災地変に準じる予見し難い重大な事情とはいえない」と述べるものの、それを根拠づけるべき後段においては専ら日本の経済状態が悪化する可能性があることやバブル経済が崩壊することを予見し難ったかどうかだけ言及し、その経済状態の悪化による会員権時価相場の異常暴落、返還請求の異常増加、長期化、それによるゴルフ場存続の危機等の予測に関しては何ら言及するところがない。
本件では、経済予測等の経済一般の抽象的論議が中心問題ではなく、ゴルフ場の存続や会員権預託金返還請求の権利等にもたらした具体的な社会経済現象そのものが問題なのであり、それが「クラブ運営上やむを得ない事由」に該当すると言えるのか、ということが中心問題である。経済変動は国民の社会生活、経済生活の全般にわたって種々の影響をもたらすけれども、その影響結果は社会経済の各方面によって一様ではなく、千差万別である。不況が却って幸いするところもあるし、悪影響の場合でもその程度、深刻さは異なる。
平成大不況により、最もといってよい深刻な影響を受けたのがゴルフ業界であり、中でも会員権の価格が一〇分の一以下になるところが出るなど想像もできないほどに低落し、それが長期化したことが返還請求増大に結びつき、問題を深刻にした。
経済変動、好不況の出現等についてはある程度予測し得るものであるとしても、前記したゴルフ業界、会員権等にもたらしたような今回の深刻な影響結果は予測が困難であるという他はなく、このことは、衆目の一致するところである。
本件の会員においても、延長決議に理解を示す者が多いことは右の事情を理解してのことと思われる。また、前記2のように銀行が会員権担保に競って融資を行なってきたのも好不況の起こることはある程度予測できても、これほどまでに会員権価格がクズ同然に低落し不良債権化することまで予測できなかったことの何よりの証左であろう。
以上のように、原判決は、経済変動の予測という抽象的な経済論議だけで本件の問題に結論を下そうとしたことは誤りであり、その結果、その向こうにある具体的な本質の問題に目を向けることなく、本件で出現した深刻かつ重大な結果を不当に軽く評価して、「天災地変に準じる予見し難い重大な事情」ということはできず、「クラブ運営上やむを得ない事由」に該当しないとしたものであり、このような判断が誤っていることは明らかである。
4 原判決で述べられていることではないが、この関係で考慮されなければならないのは、会員権の時価相場が預託金額面より極端に低下していることである。
一部の判決例や判例のコメント等には、ゴルフ会員権時価が預託金の額面より常に上回らない限り、即返還請求が相次ぐかのように述べ、従って、そのような事態は予見すべきである、というものが見受けられるが、次に述べるように、正しい見解とは思われない。
会員は、普通に時価が下回っただけで直ぐに返還請求をする者は少なく、これに加えて諸般の事情によって対応するものであり、価格低下による返還請求があったとしても、その程度のことではゴルフ場は返還でき、またすべきである反面、それが不可能なようなゴルフ場では元々「クラブ運営上やむを得ない事由」があるとして据置期間の延長を決議できる資格もない。
問題なのは、その下回る程度がどの程度であるか、が重要なことであり、単に下回っているか否かではない。
本件において、申立人は時価が額面よりも単に下回って返還請求者が増大し、経営の危機にさらされている、と主張しているのではなく、その低落が甚だしく、その影響が深刻であるということを主張しているものである。
ある程度の開きがあっただけでは「クラブ運営上やむを得ない事由」を云々するほどのことにはならないが、今回のような極端な低落ぶりでは、元来返還請求を考えていない会員までが返還請求者の増大による倒産の危険を感じ、我勝ちに返還を受けておこうとする動きまで現れるため、深刻な事態となるのである。
このように、多くの会員は、時価が通常考えられる程度の低下だけでは返還請求を相次いで行なうものではなく、従ってクラブが安泰であると見込まれる時は深刻な事態にはならないが、低下が極端になるに従って、そのような期待感も失い、又会社がとるべき手段を失うに至ると、会員は最早これは危険と判断し、退会と返還請求を決意することになり、その結果は自明である。
このような点からも、本件のような平成大不況によるゴルフ会員権価格の極端な低落、長期化という現象は「クラブ運営上やむを得ない事由」に該当することが首肯されるものであり、これを認めなかった原判決の判断は間違っている。
三 以上のように、「クラブ運営上やむを得ない事由」を天災地変に匹敵するような現象に起因するものに限定しただけでなく、一般に本件のような経済事情の激変による結果は「クラブ運営上やむを得ない事由」に該らない、としたが、本件契約の趣旨の解釈を誤ったものであるから、これを破棄して原審に差し戻し、進んで申立人と会員間の具体的事情について審理し、「クラブ運営上やむを得ない事由」に該当するものとして本件据置期間の延長決議が有効であるか否か、の判断がなされるべきものである。